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2007年12月

2007年12月29日 (土曜日)

名刀伝【五箇伝・備前伝(参)】

【備前鍛冶】

長船(おさふね)派

鎌倉中期、備前國長船村光忠といふ巨匠が出ます。

古備前風から華麗な一文字風を取り入れ、さらに獨自の丁字文を創始し、長船派の創始者として知られてゐます。

その子にやはり巨匠の長光が出て、國家存亡の一大危機、蒙古襲來といふ未曾有の國難に對應して、父と共に大規摸な工房を備へ、幾多の弟子を抱へ、多くの名刀を鍛造しました。

「長船物」は名刀の代名詞のごとくもてはやされて、室町末期まで隆盛を極め、福岡一文字派と共に二大流派として、備前鍛冶を著名にしました。

光忠

http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=85743

長光(銘長光、名物津田遠江長光國寶

http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=18714

長光(銘長光、重要文化財)

http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=19577

長光(銘長船、名物大般若長光國寶

http://www.n-p-s.net/meitou33.htm

「大般若」の号は、この太刀に当時破格の六百貫の値がつけられた為、大般若経六百巻にちなみ名付けられたものです。

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2007年12月25日 (火曜日)

名刀伝【五箇伝・備前伝(弐)】

【備前鍛冶】

「一文字派」

備前國福岡莊より北方に吉岡といふ地があります。
この地で、紀助吉(きのすけよし)といふ刀工を祖として作刀した一派を「吉岡一文字」と呼びます。

鎌倉末期、この一派に助吉の子で助光といふ名匠が出て、一文字派の最後を飾りました。

國寶に、銘「備前國吉岡住左近將監紀助光」があり、吉岡一文字の最高傑作とされてゐます。長大な太刀で、反りも高く、均衡のとれた見事な作です。

(殘念ながら畫像は檢索出來ませんでした。)

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2007年12月24日 (月曜日)

名刀伝【五箇伝・備前伝(壱)】

【備前鍛冶】

【古備前派】(備前友成を参照)

一文字派
鎌倉初期に、吉井川下流域の山陽道と交差する場所に、皇室の莊園である福岡莊がありました。こゝに生まれた新たな刀工集團を「福岡一文字(ふくおかいちもんじ)派」と呼びます。

後鳥羽上皇は承久の亂(1221)の際には、この福岡一文字派の名工たちを月番として宮中に招き、鍛刀させたりもしました。

この一門は鎌倉中期に全盛を迎へ、匂ふやうな美しい地肌と春爛漫の櫻花のやうな刄文を創始しました。
國寶に、上杉謙信藏刀の太刀であつた、無銘一文字「山鳥毛(やまとりげ)」があります。

匂ひと呼ばれる微細な粒子による丁字(ちょうじ)文は、備前鍛冶の獨壇場であり、精美な黑鐵に白くきらびやかな花を咲かせ、燒入れによりその花を永遠のものとする技は、再現不能といはれる妙技であります。

福岡一文字】←クリック

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