名刀伝【新刀鍛冶】
[新刀の刀匠達]
新刀とは嚴密には慶長以後に作られた刀をいふのが普通です。なぜ「新刀」といふのかといふと、その作刀法がそれまでとはまつたく異なるからなのです。
古刀は各傳法に則つて忠實に作られてゐます。
ある傳法の刀匠が、別の傳法で作刀するといふことは絶對にありません。しかし新刀にはさういつた忠實さが無く、良く言へば「各傳の良いところを取り入れる」作刀法なのであります。
古刀鍛冶も古刀末期になると戰國の需要に追はれて、古刀の鍛刀法では註文に應じきれず、その上技術も低下し、實用一點張りの作柄と變はり、古來の傳法が失はれました。
この時現れたのが新興の實力者、豐臣秀吉でした。秀吉は大變な愛刀家で新作を奬勵しました。また、製鐵法の進歩、鍛刀技術の改良等が行はれ、特に從來の傳系とは關係の薄い新しい刀匠が續々と現れたのであります。
しかしながら、やはり古刀期の最上物と比べると見劣りがするのは事實で、現在國寶とされてゐるものは全て古刀であり、新刀以降のものはありません。
たゞさうはいつても、新刀の上作物になると相當の出來榮えであり、決して駄物などではありません。
例へば、長曾禰虎徹入道興里、堀川國弘、などは愛刀家垂涎の的となつてをり、時價で評價すると、兩者とも一千八百萬圓程であります。
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