劍豪の佩刀(拾)
【劍豪の佩刀】
近藤勇・・・長曾祢虎徹(ながそねこてつ)・・(新刀)
天然理心流四代目、新撰組局長近藤勇昌宜の佩刀です。
池田屋討ち入りの時にも使はれました。
五郞入道正宗とともに日本鍛刀史を飾る秀逸な刀匠です。
勇の虎徹は僞物だつたとの説が根強いのですが、明治維新後まで現存してゐた現物を確認した人物の、「本物である」との證言があるやうです。
【虎徹】は近江國長曾根村(現滋賀縣彦根市長曾根町)に生まれました。
家はこの村の刀鍛冶でしたが、關ヶ原の役後に越前に流れて甲冑鍛冶となり、虎徹も長じてこの生業に就いてゐました。
三代將軍家光の治世の寬文年間、虎徹五十歳前後の時期に江戸に出て、それまで副業だつた鍛刀を本業とし、延寶六年に沒するまでの十五年間に二百數十振りを鍛造しました。
當初「興里(おきさと)」を名のり、次に「古鉄」、そして「虎徹」となり、さらに「乕徹」と改めてゐます。
「興」の字を「奧」と切る「奧里」時代、「虎徹」の「虎」の中の「ル」を撥ね上げて切る「ハネ虎」時代、「虎」を「乕」と切る「ハコ虎」時代に分けられます。このほか「徹」の字を省略して切るものを「虎入道」と呼びます。
作柄は、いはゆる虎徹の棒反りといはれるほど反りが淺く、刄文は沸本位の覇氣に滿ちた大灣れ亂れ(おおのたれみだれ)か、大互の目亂れ(おおぐのめみだれ)に丁字風の亂れが交じります。
燒刄はみごとな沸が一面に付き、亂れの谷から匂ひ足が刄中に盛んに入る非常な働きがあります。
地肌は實によく詰み美しく、手癖として鐔元十センチ程の所に大杢目肌(おおもくめはだ)が現れます。
最上大業物。
切銘は、住東叡山忍岡辺長曾祢虎徹入道。長曾祢虎徹入道興里。長曾祢興里
入道虎徹。長曾祢虎徹入道。長曾祢興里。金象嵌裁斷銘、三ツ胴裁斷山野加右衞門永久(花押)など有り。
これは虎徹の脇差です。莖の銘の部分、「虎」が撥ねてます。「ハネ虎」です。
http://www.touken-katsu.com/goods/v_good/kotetsu/kotetsu.html
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